大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2845号 判決 1995年7月11日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
第一 請求の趣旨
一 被告は原告に対し、金二三四〇万円及びこれに対する平成六年四月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二 事案の概要
一 原告の商品
原告は、平成四年一月二〇日以降、別紙第一物件目録(但し、後輪タイヤの大きさ〔直径・縦〕を除く。これについては後記第四の一2(一)(2)で認定)記載のテーブル(商品名「フォーミュラー・テーブル」。以下「原告商品」という。)を製造販売している。
二 被告の行為
被告は、平成四年一〇月頃から平成五年三月二日までの間に、別紙第二物件目録(但し、後輪タイヤの大きさ〔直径・縦〕を除く。これについては後記第四の二1で認定)記載のテーブル(商品名「F1タイヤテーブル」。以下「被告商品」という。)を、テレビ広告により合計二回通信販売した(販売の回数を除き争いがなく、販売回数については弁論の全趣旨によりこれを認める。)。
三 原告の請求
原告商品の形態は平成四年夏頃には不正競走防止法(平成五年法律第四七号、以下同じ。)二条一項一号にいう商品表示として需要者の間に広く認識されるに至つていたところ(いわゆる商品表示性を取得し周知性を獲得)、被告商品の形態は原告商品の形態に類似し、原告商品との間に混同を生じさせたと主張して、被告に対し、同法四条に基づき、被告の不正競走行為により原告が被つた損害として金二三四〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年四月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求。
四 争点
1 原告商品の形態は、平成四年一〇月の時点において、商品表示性を取得し、周知性を獲得していた。
2 被告商品の形態は原告商品の形態に類似し、原告商品との間に混同を生じさせたか。
3 被告が損害賠償責任を負う場合に、被告が原告に賠償すべき損害の額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(原告商品の形態は、平成四年一〇月の時点において、商品表示性を取得し、周知性を獲得していたか)
【原告の主張】
1 原告商品の形態上の特徴
原告商品は、実際のフォーミュラー3・カーレース(以下「F3レース」という。)で使用済みのタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形強化ガラスをテーブル面として使用している点において、形態上の特徴を有している。
被告は、原告商品はテーブルという極めて広い範囲で捉えれば一応特異な形態を有するといえるとしながら、タイヤを使用したテーブルという発想に基づく同種の商品という範囲から考察すれば、原告商品の形態は極めて素朴な形態であつて、誰でも通常の発想で考え付く程度のものでしかないと主張するが、そもそもタイヤを使用したテーブルという発想そのものが特異なのであり、このような特異な発想を単なる前提として切り捨てた上で、形態が素朴な形態であるとするのは誤りである。
かかる発想の困難さは、以下のような原告商品の開発経緯から明らかである。すなわち、原告は、ガラステーブルについては、ガラス板は天板で形態の開発の余地が少ないので、フレームの形態につきアルファベットの二四文字の形を念頭に置いて開発することとし、昭和五一年頃、アルファベットのOの形に対応するものとしてタイヤをフレームとして利用するテーブルを考え付いたが、タイヤは揮発性が強く、臭いが出るおそれがあるので、テーブルに利用するのには向かないと考え、直ちに商品化することはしなかつた。しかし、原告は、平成二年頃、従業員から、レースに使用済みのタイヤなら揮発性の臭いは飛んでいるであろうし、多少臭いが残つていた方がマニアは喜ぶのではないかと指摘され、商品化に踏み切ることにした。商品化に際して、原告は、ガラステーブルのタイプにつき、ガラスをフレームに落とし込むのではなく単にフレームの上に置くタイプは危険性があるということで従来少ないものであつたが、このタイプを採用してガラスを単にタイヤの上に置いたものとし、天板のガラスは、通常はテーブルをできるだけ広く使うために長方形や正方形のガラスを使用するが、子供の安全を考えて丸いガラスを使用することとした。
海外で原告商品と同様の形態を有するレース使用済みのタイヤのテーブルが通信販売されていたとの被告主張の事実は知らないが、仮にそのような事実があるとしても、日本国内において最初にタイヤを使用したテーブルを商品として販売したのは原告である。また、被告が、被告以外の会社が同様の形態の使用済みタイヤのテーブルを通信販売しているとして挙げるアモン株式会社(乙第二号証〔雑誌モノ・マガジン〕参照)は、原告に対し商品形態についてのロイヤリティーを支払つている。
2 原告商品の販売実績
原告は、平成三年中に原告商品を開発し、平成四年一月二〇日、西武ロフト梅田店においてテスト販売したところ、F3レースで実際に使用したタイヤを使用していることからフォーミュラー・カーレースファン等に好評を得、その後、別紙売上表(一)記載のとおり、店舗及び通信販売により原告商品を全国的に多数販売してきた。
被告が被告商品の一回目の通信販売をした平成四年一〇月二〇日までの期間に限つても、別紙売上表(二)記載のとおり、店頭販売店舗数一八店、店頭販売個数二五四個、通信販売個数二四八個に達し、販売地域は日本全国に及んでいる。この個数は、原告商品の購買層がマニアであることからすれば、決して少ないとはいえない。
3 原告商品の宣伝広告
原告は、日本全国で販売、配布されている雑誌及びカタログ(丸井のカタログであり、頒布部数は数百万部に及ぶ。)により、原告商品の宣伝広告をしている。
4 社団法人日本家具デザインセンターの公開広報による公開
原告は、平成四年一月六日、原告商品のデザインを保全するために、家具等のデザインを模倣・盗用から防止するための民間の自主規制団体である社団法人日本家具デザインセンターに対し、原告商品のデザインの公開を申請し、同年四月一日、その公開広報によつて公開された。社団法人日本デザインセンターの会員は二〇七名に及び、全国に散らばつており、家具製造業界における大手会社のほとんどが含まれている。
そして、右公開広報の内容は、家具製造会社のほとんどが見る業界紙「ホームワールド」「ニューファニチャー」等に掲載される。
5 結論
前記1の特徴を有する原告商品の形態は、前記2の販売実績、3の宣伝広告及び4の社団法人日本家具デザインセンターの公開広報による公開により、遅くとも平成四年夏頃には、原告の商品であるという商品表示性を取得し、周知性を獲得している。
【被告の主張】
1 商品表示性について
商品の形態自体が出所識別機能を取得し商品表示として認められるためには、<1>その商品の形態が同種の商品の中にあつて独特の形状を有し、需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解できる程度の識別力を備えていること(商品形態の特異性)、<2>当該商品の形態が長期間、又は短期間でも強力な宣伝・広告等が加わつて、排他的に使用されたものであること(商品形態の長期間の使用ないし宣伝・広告)が必要とされるが、原告商品の形態はいずれの要件も満たしていない。
(一) 商品形態の特異性
原告商品は、F3レースの使用済みタイヤの上に板ガラスを置いてテーブルとする形態のものであり、テーブルという極めて広い範囲で捉えれば、一応特異な形態を有するといえる。しかし、タイヤを使用したテーブルという発想に基づく同種の商品という範囲から考察すれば、原告商品の形態は極めて素朴な形態であつて、誰でも通常の発想で考え付く程度のものでしかなく、格別特異なものとはいえない。このような素朴な形態のタイヤテーブルが商品として価値を持つためには、当然付加価値が必要であり、原告商品においてはレース使用済みタイヤを使用することでカーレースの愛好家をその購買層としえたのではあるが、それもやはり通常の発想ないし形態というべきであつて、原告独特のものでは決してない。
実際、被告が知る限りにおいても、原告商品販売前に、海外で原告商品と同様の形態を有するレース使用済みタイヤのテーブルが通信販売されており、また、レース関係者が個人的にレース使用済みタイヤを入手し、その上にガラスを置いてテーブルとして使用しているという記事が国内の大手雑誌に掲載されている。最近においては、被告以外の会社(アモン株式会社)がやはり同様の形態の使用済みタイヤのテーブルを通信販売している。つまり、原告商品の形態は、いわば「市場においてタイヤテーブルという同種の商品として競合するためには似ざるをえない素朴な形態」しか有していないのであり、出所識別機能を取得し商品表示としての性質を具備するだけの独特の形状を有しているものではない。
原告は、タイヤを使用したテーブルという発想そのものが特異なのであると主張するが、タイヤの上にガラスを置くという形態は、例えば箱の上に板を置いてテーブルとするというような、いわばテーブルの原形態ともいうべきものの延長線上にある形態に過ぎないし、レース使用済みタイヤをテーブルに利用するということも、右タイヤを手に入れやすいレース関係者の間では珍しいことではない。ちなみに、被告は、被告商品をイギリスから完成品として輸入したが、イギリスでは、製造会社が、フォーミュラー1・カーレース(以下「F1レース」という。)で使用されるタイヤのメーカーであるグッドイヤー社からタイヤの供給を受けて、被告商品を製造しているものであるところ、グッドイヤー社は、現在まで二〇年以上の期間、右タイヤをコーヒーテーブルとして利用・販売しているのである。
そもそも、不正競走防止法二条一項一号は、商品の発想自体を保護するものではないから、原告商品の形態が右条項にいう商品表示性を取得したというためには、前記のとおり特定の営業主体の商品であることを理解できる程度の識別力すなわち形態上の特異性が認められなければならないのであるが、被告商品の形態は、せいぜい中古のブリヂスオン社製タイヤの上に板ガラスを置いたという程度のものでしかなく、そのタイヤがレース用のものであるか否かということすら一般人には判別不可能である。原告の主張するレース使用済みという事実は、商品形態自体からは判らず、別途商品説明が付されるべきことになる。そうすると、単なる中古のタイヤが入手できれば誰にでも製作可能な原告商品の形態に、原告の商品であるという出所識別機能が認められるということはありえない。
原告商品は、F3レースで使用済みのタイヤを使用したテーブルであるという商品説明が付されて紹介・販売されているから、もし仮に、右商品説明を付加することにより原告商品の形態に出所識別機能が備わつたとの認定が可能であるとしても、その形態としての特徴は、右商品説明によつて「F3レースで使用済みのタイヤを使用している」という範囲に限定されるのであり、それ以外のすべてのカーレースに拡大されることはありえない。
(二) 商品形態の長期間の使用ないし宣伝・広告等
原告が原告商品の販売を開始したという平成四年一月二〇日から被告が被告商品の一回目の通信販売をした同年一〇月二〇日までの期間はわずか九か月に過ぎず、商品形態が出所識別機能を備えるための期間として足りるものでないことは明白である。右期間における原告商品の販売個数も、原告の主張によつても店頭販売個数二五四個、通信販売個数二四八個に過ぎない。
原告商品の宣伝広告についても、原告の挙げる雑誌及びカタログは、前者で一頁の一六分の一足らず、後者で一頁の六分の一程度の非常に小さい記事であり、雑誌又はカタログの全体からみれば、さらに記事としての存在価値が薄まるのであつて、強力な宣伝・広告とは到底いえない。
また、甲第一号証の2は、西武百貨店池袋店、池袋ロフトにおいて原告商品が販売されているという事実の紹介記事に過ぎず、そこには「フォーミュラー・テーブル」という商品名の記載すらなく、甲第二号証の2も、丸井の通信販売カタログに原告商品が掲載されたというだけのことで、原告商品の製造者である原告の社名の記載はない。つまり、原告商品の出所の判別が可能な記述が各記事の中にないのであつて、F3レースで使用済みという説明と原告商品の写真だけでは、読者が各記事で紹介された原告商品の出所及びその同一性を認識するのは不可能である。
社団法人日本家具デザインセンターの公開広報にしても、デザイン模倣・盗用の防止のため、これへの掲載により業者間の自主規制を促そうというものであるから、その配布の目的、規模及び対象からしても、到底出所識別機能を取得するに至るほどの強力な宣伝、広告といえるものではない。
2 周知性について
(一) 右1のとおり原告商品の形態に商品表示性が認められない以上、その周知性の有無は問題にならない。
(二) 不正競争防止法二条一項一号の趣旨は、商品の出所に係る混同を防止することにあるから、その商品に関して広い意味での取引関係に立つ可能性のある者(その平均的注意力を有する者)にその表示が広く認識されているか否かが問題とされなくてはならない。そうすると、競争関係にある両者の営業の種別、形態等に鑑み、事案ごとにその認識主体を判断すべきことになるが、被告商品の販売形態は、問屋等を介さないテレビによる全国的な通信販売であるので、原告商品の形態が原告の商品表示として一般消費者に周知であることが必要である。
したがつて、一般消費者とは何の係りもない社団法人日本家具デザインセンターの公開広報掲載の事実は、一般消費者への周知性の存在を立証するためには何の意味もない。
原告は、原告主張の原告商品の販売個数は、原告商品の購買層がマニアであることからすれば決して少ないとはいえないと主張するが、被告商品の購買層は、カーレースマニアに限定されない一般消費者たるF1レースファンであるから、原告商品の形態の商品表示としての周知性は、カーレースマニアの間だけではなく一般消費者の間に存在することが必要不可欠なのであつて、マニアに販売した事実は直ちに周知性を認定する基礎事実とはなりえない。
なお、原告商品の形態が被告による被告商品の一回目の通信販売までに周知性を獲得していなければ、被告が、テレビという強力な媒体を使用して、原告の言によれば原告商品に形態が類似するという被告商品を販売した以上、その後、原告商品の形態が周知性を獲得することもありえない。
(三) 右(二)の被告商品の購買層(これは争点2においても問題となる。)に関連して、F1レース及び被告商品の販売の実情を詳述すると、以下のとおりである。
(1) F1レースについて
F1レースは、フォーミュラー・カーレースの最高クラスであり、世界唯一の興行主体により、世界的規模で一年間に一六レースのみが、世界各地のサーキットを転戦する形式で行われているものである。これに対し、日本国内のフォーミュラー・カーレースとしてはF3000というクラスが最高であり、F3はその下のクラスである。F1レースは、同じフォーミュラー・カーレースとはいえ、その車の規格及びドライバーの技術の差がもたらすレース自体の段違いの迫力、その興行の規模、ファン層等の点について、F3レースとは全く別物であるといえる。
日本においては、昭和六二年の日本人ドライバーのF1レース参加、三重県鈴鹿サーキットにおけるF1グランプリレース開催の開始と同時に、フジテレビがF1レースの放送権を得て一六戦全グランプリレースのテレビ放送を始めてから、F1レースの存在は、一部のカーレース愛好者のみならず一般レベルにも知られるようになつた。そして、ホンダ社製のエンジンがF1レースにおいて勝利を重ねたこと及び平成元年以降実況中継にフリーの人気アナウンサーを起用したことにより、F1レースのファンの数は急激に増加することになつた。現在では、平成六年五月のF1トップドライバーの事故死が有力新聞の一面ないし社会面で大きく報じられるなど、F1レースは社会全体に周知され、「F1」の名で通用している。
もちろんその背景には、フジテレビが、莫大な対価を払つて、放送権のみならず冠権(F1というイベントの頭に自社名をつけることができる権利)、マーチャンダイジング権(ロゴマークの商品化権)、出版権(F1レース関係のオフィシャルテレビハンドブックを出す権利)等数々のF1レース関係の権利を入手し、レース中継だけではなく各種の媒体を通じてF1レースの周知を図り、また、フジテレビのみならずフジサンケイグループ全体でF1レースの人気拡大の営業努力を行つたという経緯がある。それゆえ、現在の日本におけるF1レースの人気は、スポーツとしてのカーレースを土台として築かれたものではなく、それとは無関係に、F1という一つの独立したイベントとして周知され、カーレースの最高峰に位置するF1レース自体の持つ破格のおもしろさと相俟つて獲得されたものである。したがつて、そのファンの大多数は、カーレースの愛好者というよりは、F1レースのみに興味を示す一般大衆であるといえるのである。
F1レースが周知となつた右のような経緯から、一般にはF1=フジテレビないしフジサンケイグループという認識が形成されているといつても過言ではない。被告商品の販売は、このような背景のもとに、フジサンケイグループによるF1レースの周知・利用の一環として、カーレースマニアに限定されない一般大衆たるF1ファンを対象としてなされたものである。
(2) 被告商品の販売について
被告は、平成四年一〇月二〇日深夜(正確には同月二一日)、フジテレビの「出たMONO勝負」という番組において、被告商品を紹介し、通信販売したものであるが、右番組は、昭和六二年に被告がスタートさせたもので、「モノを通して時代を見る」をコンセプトとして、世界中の面白いもの、珍しいものを有名タレントを通じて紹介し、それを通信販売する番組である。その視聴者・購入者としては一般人が予定されており、カーレースマニア向けの番組ではない。また、このように一般人を対象とする番組でF1レース関係商品の紹介が可能であるという事実は、F1レースのファンが一般化しているという事実の証明であるともいえる。
このように、被告商品の購入者はF1レースのファンである一般人であり、F1レースで使用済みのタイヤを利用しているという点に商品価値を認めて購入しているのであるから、カーレースマニアからなる原告商品の購買層とは異なるのである。
二 争点2(被告商品の形態は原告商品の形態に類似し、原告商品との間に混同を生じさせたか)
【原告の主張】
1 類似性について
原告商品は、前記のとおり、実際のカーレースで使用済みのタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形強化ガラスをテーブル面として使用しているという形態が、その製造、販売者は原告であるという出所識別機能を取得したものである。
被告商品も、実際のカーレース(F1レース)で使用済みのタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形強化ガラスをテーブル面として使用している点に形態上の特徴を有している。したがつて、被告商品の形態上の特徴は原告商品のそれと同じであり、両者の差異は、使用するタイヤの大きさ及び円形強化ガラスの厚さのわずかな違いのみである。
2 混同について
右1のとおり被告商品の形態上の特徴と原告商品の形態上の特徴が同じであるうえ、被告が被告商品をテレビで通信販売するに際し、フォーミュラー・カーレースでの使用済みタイヤを使用していることを売り文句としており、しかも、どこの製造の商品であるかを全く説明しなかつたから、被告商品の販売行為により、消費者に原告商品との誤認混同を生ぜしめ、原告の営業上の利益を侵害したものである。
被告は、原告商品と被告商品とに使用されているタイヤの違いを強調して、類似性、混同の発生を否定するが、使用タイヤがF3レースで使用済みのものであるかF1レースで使用済みのものであるかは、タイヤの稀少価値の程度から価格に影響を及ぼすだけであつて、商品としての特徴はあくまで実際のカーレースで使用済みのタイヤを使用していることにあるのであり、消費者としても、実際のカーレースでの使用済みタイヤを使用していることが売り文句になつている以上、使用タイヤがF3レースで使用済みのものであるかF1レースで使用済みのものであるかによつて、売り手が異なるなどという認識はなく、タイヤ・テーブルの種類としてしか認識していないはずであるから、F1レースの周知性は本件における混同の問題とは無関係である。
【被告の主張】
1 類似性について
原告商品と被告商品とは使用済みのタイヤの上に板ガラスを置いたテーブルという形態の点においては、一見類似性が認められる。しかし、不正競争防止法における類似性とは、商品の出所の混同を招くという点からの類似性であるから、このような素朴な形態面についてその類似性を議論することは無意味である。タイヤという商品が同様の形態を有していてもそれぞれその価値が異なるように、本件のような素朴な形態のタイヤテーブルの価値は、どのようなタイヤを使用しているかによつて決まるのであり、そのことが、消費者がタイヤテーブルを購入するに際しての重要な判断資料になつているから、使用されているタイヤについて細部に立ち入つた検討が必要である。
F1レースがF3レースといわば格が違うことは、前記一【被告の主張】2(三)(1)で詳述したとおりである。F1レースは、日本においては、ここ数年のフジテレビによるテレビ中継により、一部の愛好家だけでなく、広く一般人にも知れ渡るところとなつているので、国際F1レースは知つていても、国内のF3レースの存在は知らないということの方が通常であるといえよう。
そして、F1レースにおいて使用されるタイヤはグッドイヤー社製のタイヤのみであり、使用後は技術的秘密保持のためグッドイヤー社により回収され市場には出回らないことが原則となつているのである。このことは、F1レース愛好家ならば周知の事実であるから、F1レースのタイヤの市場における価値は、その稀少価値により、ブリヂストン社製のF3レースのタイヤとは比較にならない。
被告商品と原告商品には、使用タイヤの違いに伴う一見して明白な形態上の違いがある。すなわち、被告商品は、F1レースという最高速のレースで使用される幅一八インチという非常に幅の広いタイヤを用いていることから、高さ六二・五センチメートル、直径六二センチメートルであり、高さ二九センチメートル、直径五七センチメートルの原告商品とは、高さの点で一見して明白に異なるものである。また、被告商品のタイヤは、その幅の広さから到底一般車用のタイヤとは思えないものであるのに対し、原告商品のタイヤは、その外見から一般車にも使用可能と思える程度のものであるし、各タイヤにはそれぞれのメーカーの名前及び商標がプリントされていて、被告商品はF1レースのタイヤの製造メーカーであるイギリスのグッドイヤー社製のタイヤを使用し、原告商品は日本のブリヂストン社製のタイヤを使用していることが外見上識別できる。それらの相違を確認せずに消費者が本件のような使用済みタイヤのテーブルを購入することはありえないのであるから、結局、本件において、被告商品の形態と原告商品の形態の間には、商品ないし出所の混同を生じさせるような類似性はない。
2 混同について
被告は、被告商品をテレビ通信販売するに際し、被告商品の形態及びタイヤ上のメーカーの表示を明確な映像で放映しただけでなく、被告商品は実際のF1レースで使用された非常に幅の広いタイヤを用いていること、右タイヤは通常一般市場に出回らないものであるのを特別に入手し、イギリスから輸入して販売するものであること等の事実を紹介し、その商品内容及び出所を明らかにしたから、視聴者は、F1関連商品として被告商品が販売されるものであることを確認することができた。グッドイヤー社は、F1レースのタイヤの製造メーカーであることを広く宣伝しており、グッドイヤー社の名前が入つているレース使用済みタイヤを使用した被告商品がF1関連商品であることは外見上明白である。価格も、被告商品はその稀少価値により七万八〇〇〇円であつて、被告の調査による原告商品の価格一万五〇〇〇円とは約五倍の開きがある。
したがつて、仮に被告商品と原告商品との間に何らかの類似性が認められる場合でも、F1レース使用済みのタイヤを使用した被告商品とF3レース使用済みのタイヤを使用した原告商品との間で出所混同のおそれは全くない。
のみならず、不正競争防止法二条一項一号の行為を不正競争行為として禁止する趣旨は、他人の労力、信用、技術等に対するただ乗り行為を防止することにあるところ、前記一【被告の主張】2(三)(1)で詳述したとおりF1=フジテレビないしフジサンケイグループという一般の認識が成立している中で、フジテレビの番組でフジサンケイグループの一員たる被告が「F1タイヤテーブル」という商品名で被告商品を販売しているのであるから、フジテレビないしフジサンケイグループが築き上げた「F1」というビジネスを相互に利用し合う中で、原告の信用とは全く無関係に販売しているものであり、視聴者も、被告ないしフジサンケイグループを信頼し、F1関連の商品として被告商品を購入するのであつて、原告商品と混同しその信用に基づいて購入するものではない。この点からみても、被告の行為に違法性はない。
原告は、F1レースの周知性は本件における混同の問題とは無関係であると主張するが、不正競争行為が問題とされている本件においては、購入者の存在が当然の前提であり、タイヤテーブルにどのレースの使用済みタイヤが使用されているかはその購入決定における非常に重要な要素であるから、不正競争行為の認定に当たつては無視できない事実である。
三 争点3(被告が損害賠償責任を負う場合に、被告が原告に賠償すべき損害の額)
【原告の主張】
被告は、平成四年一〇月頃から平成五年三月二日までの間に、被告商品を一個七万八〇〇〇円で六〇〇個販売し、合計四六八〇万円の売上げを得た。被告商品の仕入価格は、一個当たりせいぜい三万九〇〇〇円程度であるから、被告が被告商品を販売することによつて得た純利益は二三四〇万円を下らない。したがつて、原告は、被告の不正競争行為によつてこれと同額の損害を被つたものと推定される(不正競争防止法五条一項)。
【被告の主張】
被告商品の販売価格は認めるが、その余は争う。
第四 争点に対する判断
一 争点1(原告商品の形態は、平成四年一〇月の時点において、商品表示性を取得し、周知性を獲得していたか)
1 商品の形態は、商品の機能を効率的に発揮させる等の目的のために選択されるものであり、本来的に商品の出所を表示することを目的とするものではないが、商品の形態が特異なものであるとか、その商品が一定期間独占的に販売されてきたとか、商品の形態について強力に宣伝広告がされてきたこと等の事情により、特定の主体の製造販売する商品であるとの出所表示機能を取得し、この商品表示性を取得した商品の形態が周知性を獲得するに至ることがあるので、原告主張の原告商品の形態について以下検討する。
2(一) 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告商品の開発の経緯について
原告代表者は、ガラステーブルについては、ガラス板は天板で形態の開発の余地が少ないので、フレームの形態につきアルファベットの二四文字の形を念頭に置いて開発することとし、昭和五一年頃、アルファベットのOの形に対応するものとしてタイヤをフレームとして利用するテーブルを考え付いたが、タイヤは揮発性が強く、臭いが出るおそれがあるのでテーブルに利用するのには向かないと考え、直ちに商品化することはしなかつた。
しかし、原告代表者は、平成二年頃、従業員から、レースに使用済みのタイヤなら揮発性の臭いは飛んでいるであろうし、多少臭いが残つていた方がマニアは喜ぶのではないかと指摘され、商品化に踏み切ることにした。
このように、原告商品は、カーレースマニアを購買層として予定して開発したものであつた。
(2) 原告商品の形態
原告商品の形態は、F3レースで使用済みのブリヂストン社製のタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形の強化ガラスをテーブル面として使用したテーブルというものである。タイヤは、上面に白字で「BRIDGESTONE」「G’GRID」(又はV’GRID)と書かれており、表面は平滑であり、高さ(幅)約二七センチメートル、直径約五七センチメートルである。
(3) 原告商品の販売実績
原告は、平成三年中に原告商品を開発し、平成四年一月二〇日、西武ロフト梅田店においてテスト販売したところ、好評であつたため、その後、現在に至るまで、別紙売上表(一)記載のとおり、店頭販売で六〇〇個(主として首都圏と関西圏で店舗数二五店)、通信販売で七三八個の合計一三三八個を販売した。
このうち、被告が被告商品の一回目の通信販売をした平成四年一〇月二〇日までの売上実績は、別紙売上表(二)記載のとおりであつて、店頭販売個数二五四個(店舗数一八店)、通信販売個数二四八個の合計五〇二個である。
(4) 原告商品についての宣伝広告等
原告は、平成四年四月一六日発行の商品情報雑誌「モノ・マガジン」の「情報号」(「一冊全部が新製品情報」と表紙に記載されている。)に、原告商品を新商品として提供した。同誌五二頁に、他の一二の商品とともに原告商品の写真(斜め上方から撮影したもの)が掲載され、「鈴鹿サーキットで使われたF3用タイヤにガラス板を乗せたテーブル。一万五〇〇〇円●西武百貨店池袋店池袋ロフト」との説明文が付されている。
原告は、また、丸井発行の商品情報誌「Voi」一九九二年秋冬号に、原告商品を新商品として提供した。同誌一二六頁に、他の九の商品とともに原告商品の写真(斜め上方から撮影したもの)が掲載され、「フォーミュラーテーブル(限定30台)15、000円F3レースで使用済のタイヤです。表面のキズもレースの迫力を感じさせれくれます。」等の説明文が付されている。
(5) 社団法人日本家具デザインセンターの「公開広報」
原告は、平成四年一月六日、社団法人日本家具デザインセンターに対し原告商品の「デザイン保全登録」を申請し、同年四月一日、同センターにより「デザイン保全公開広報」に掲載された。
同センターは、家具類のデザイン資料の収集、整備及び提供、家具類のデザインの保全登録及び記録、保全登録に係る紛争の調査及び調停等を事業内容とする家具業者、家具金物業者の自主規制団体であり、その会員数は平成四年七月三一日現在で賛助会員、特別会員を含め二〇七名である。
その「公開広報」の内容は、家具製造業者、取引業者の業界紙「ホームワールド」「ニューファニチャー」等に掲載される。
(二) 一方、《証拠略》によれば、イギリスでは、原告商品が開発される以前である一九七〇年(昭和四五年)代初頭から、F1レースで使用されるタイヤを製造しているグッドイヤー社がF1レースで使用済みのタイヤを回収し、同社から供給を受けた業者がこれに丸い強化ガラスを置いて、コーヒーテーブルの名称で販売していること(被告商品はこれを輸入したものである。)、株式会社徳間書店発行の雑誌「グッズプレス」平成三年一〇月号には、F1レースマニアが、個人的に入手したF1レースで使用済みのタイヤの上にガラスを置いてテーブルとして使用していることが紹介されていることが認められる。
また、《証拠略》によれば、アモン株式会社が、平成六年五月頃、F1レースで使用済みのタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形の強化ガラスをテーブル面として使用したテーブルを販売したこと、これについて原告が前記社団法人日本家具デザインセンターに調停を申し立て、アモン株式会社が右商品の販売について被告に対し売上げの一パーセントのロイヤリティーを支払うことで合意が成立したことが認められる。
3 右認定事実に基づき、原告商品の形態が商品表示性、周知性を取得したか否かについて検討するに、そもそも、原告商品は、F3レースで使用済みのブリヂストン社製のタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形の強化ガラスをテーブル面として使用するものであつて、テーブルとしての使い易さ、機能性よりは、実際のF3レースで使用済みのタイヤを使用しているという面白さにより消費者を引き付けることを狙つたいわばアイデア商品というべきものであつて、その形態には相当の特異性は認められる。
しかしながら、原告が原告商品の販売を開始した平成四年一月二〇日から被告が被告商品の一回目の通信販売をした同年一〇月二〇日まではわずか九か月に過ぎず、その間の原告商品の販売個数は、店頭販売で二五四個(店舗数一八店)、通信販売で二四八個の合計五〇二個であつて、原告商品が殊更カーレースで使用済みのタイヤを使用したものであることからその購入者はカーレースマニアに限られるにしても、多数とはいえず、原告商品の宣伝広告も、前記2(一)(4)認定の平成四年四月一六日発行の商品情報誌「モノ・マガジン」の「情報号」及び丸井発行の商品情報誌「Voi」一九九二年秋冬号への商品提供、掲載にとどまる(しかも、その掲載された頁において、一三又は一〇の新商品の一つとして紹介されたものに過ぎず、原告商品の写真が占めるスペースも小さい。)ものであるから、未だ原告商品の形態が原告の商品であることを示すものとして商品表示性を取得したとも、これが周知性を獲得したとも認められないというべきである(この関係で、原告商品が前記2(一)(5)認定のとおり社団法人日本家具デザインセンターの「公開広報」によつて公開され、その「公開広報」の内容が家具製造業者、取引業者の業界紙「ホームワールド」「ニューファニチャー」に掲載されたことは、原告商品の需要者がこれらの業界紙を講読するとは考えられないから、原告商品の形態の商品表示性、周知性の取得に積極に働くものではないといわなければならない。なお、前記2(二)認定の、イギリスにおいて一九七〇年(昭和四五年)代初頭からF1レースで使用済みのタイヤの上に丸い強化ガラスを置いたテーブルがコーヒーテーブルの名称で販売されていたこと、株式会社徳間書店発行の雑誌「グッズプレス」平成三年一〇月号に、F1レースマニアが、個人的に入手したF1レースで使用済みのタイヤの上にガラスを置いてテーブルとして使用していることが紹介されていることは、いずれも原告商品の販売前に日本国内においてこれらが商品として販売されていたことを示すものではないから、右商品表示性、周知性の取得に消極に働くものではない。)。
したがつて、原告の商品形態が平成四年一〇月の時点において商品表示性、周知性を取得していたことを前提とする原告の請求は、この点で既に理由がないことになる。
二 争点2(被告商品の形態は原告商品の形態に類似し、原告商品との間に混同を生じさせたか)
のみならず、仮に原告商品の形態が商品表示性、周知性を取得していたとすれば、原告商品の購入者はカーレースマニア等に限られること、前記2(一)(4)認定の原告商品の宣伝広告においても、F3レースで使用済みのタイヤを使用していることを売り物にしていることに照らし、その原告商品の形態の商品表示性は、テーブルフレームについては、単に「実際のカーレース」で使用済みのタイヤを使用しているという純粋な意味での形状ではなく、「F3レース」で使用済みのタイヤを使用している(上面に「BRIDGESTONE」「G’GRID」(又は「V’GRID」)と白字で書かれている。)という点にあるというべきである(原告は、商品表示として周知性を獲得した原告商品の形態として、テーブルフレームについては、実際のF3レースで使用済みのタイヤを使用している点において形態上の特徴を有していると主張する〔前記第三の一【原告の主張】1〕一方、実際のカーレースで使用済みのタイヤを使用しているという形態が、その製造、販売者は原告であるという出所表示機能を取得したものであるとも〔第三の二【原告の主張】1〕、使用タイヤがF3レースで使用済みのものであるかF1レースで使用済みのものであるかは、タイヤの稀少価値の程度から価格に影響を及ぼすだけであつて、商品としての特徴はあくまで実際のカーレースで使用済みのタイヤを使用していることにあるとも〔第三の二【原告の主張】2〕主張するが、カーレースの種類を捨象した「実際のカーレース」で使用済みのタイヤというものではなく、あくまで「F3レース」で使用済みのタイヤを使用しているという点に商品表示性が認められることは右説示のとおりである。)。
そして、右のように「F3レース」で使用済みのタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形の強化ガラスをテーブル面として使用するという原告商品の形態が仮に商品表示性、周知性を取得していたとしても、以下のとおり、被告商品と原告商品との間で混同を生じたものとは認められない。
1 原告商品の形態は前記一2(一)(2)認定のとおりであり、その価格は一万五〇〇〇円である。
《証拠略》によれば、被告商品の形態は、F1レースで使用済みのグッドイヤー社製のタイヤをテーブルフレームとして使用し、円形強化ガラスをテーブル面として使用したテーブルというものであり、その価格は七万八〇〇〇円であること、タイヤは、上面に白字で「EAGLE」「F1」「GOODYEAR」と書かれ、表面が平滑なもの(ドライタイヤ)と溝が設けられているもの(レインタイヤ)があり、高さ(幅)一八インチすなわち約四五・七センチメートル、直径約六二センチメートルであることが認められる。
2 《証拠略》によれば、以下の(一)ないし(六)の事実が認められる。
(一) F1レースは、フォーミュラー・カーレースの最高峰といわれ、世界各地を転戦して一年間に一六回開催されるもので、費用も一年間に数十億円かかる。F1レースのドライバーは、一年間に数億円の費用を賄うためのスポンサーがつくような、他のレースで実績を積んだ者に限られ、世界で約二十数名しかいない。F1レースは世界十数か国でテレビ中継されており、そのテレビ中継を見る者は世界で一年間に約四〇億人に、スポーツニュースによる等、何らかの形でF1レースを見る者は世界で一年間に約一七〇億人に達するとされる。
(二) 日本では、フジテレビが独占放送権に基づきF1レースを独占的に中継しており、商品化権や商標権も取得し、被告を含む関連会社において活発な宣伝広告活動を行つている。
このように、世界的に著名であることとフジテレビや関連会社による宣伝広告活動が相俟つて、F1レースは日本でも人気が高い。
日本でも、その一六回のうちの一回が毎年一〇月又は一一月に三重県の鈴鹿サーキットにおいて、金曜日から日曜日の三日間にわたつて「日本グランプリ」の名で開催されるが、平成六年度において、その観戦希望者は六〇万人ないし七〇万人に、そのうち抽選に当たつて実際に観戦したのは約一四万人に及ぶとされる。
(三) F1チームのロゴを配したトレーナー、F1レースのレーサーのヘルメットのレプリカ等、F1レース関連の商品も人気があるため、この種の商品を扱う店舗も全国に多数存在し、F1レースはそれ自体一つのビジネスの対象となつている。
(四) F1レースの車両に使用されるタイヤは、イギリスのグッドイヤー社が独占的に供給している。右タイヤは、時速三〇〇キロという高速に耐える安全性が要求されるため、幅(厚さ)が、被告商品の販売された平成四年で一八インチ(なお、平成六年は一五インチ)と大きいのが特徴である。グッドイヤー社はF1レース終了後、タイヤをすべて回収するので、F1レースで使用されたタイヤを入手するのは困難である。なお、グッドイヤー社の日本法人である日本グッドイヤー株式会社は、日本で通常の車両用のタイヤを販売しているが、F1レースに使用されるタイヤはグッドイヤー社のもののみであることを宣伝広告している。
(五) F3レースは、日本国内で行われるカーレースの一つである。
日本国内で行われるレースの最高はF3000であり、F3000は、日本国内の各種カーレースで一定の実績を上げたレーサーが参加するもので、その参加車両については、エンジン、シャーシー等を一個一個規格に従つて造ることが要求される。F3はこれよりも格が下のもので、一定以上のドライバーライセンスがあれば誰でも参加することができ、参加車両についてもF3000のような規格はない。
したがつて、F3レースは、F1レースに比べ数段格下ではるかに知名度が低く、F3レース関連の商品を対象とするビジネスは存在しない。
(六) 被告商品の通信販売が行われたのは、フジテレビの深夜の二時間番組「出たMONO勝負」であるが、同番組は、世界中の面白い物、珍しい物を紹介する情報番組であり、その中にF1コーナーがある。同番組の被告の担当者は、前記一2(二)認定の雑誌「グッズプレス」の記事を見て、F1レースで使用済みのタイヤをテーブルに利用したものを販売することを思いついたものの、前記のとおり右タイヤの入手は困難であると考えてあきらめていたところ、輸入業者から、イギリスではF1レースで使用済みのタイヤの上に強化ガラスを置いたコーヒーテーブルが販売されており、これが輸入できるとの売込みがあつたので、右コーヒーテーブルを輸入して同番組で通信販売することとした。
平成四年一〇月二〇日深夜(正確には同月二一日午前)に放映された同番組では、「F1スペシャル」「F1グッズ総めくり」と銘打ち、被告商品はF1レースで使用されたタイヤを使用していること、F1で使用されたタイヤはレース後回収されるため入手が困難であること、F1に使用されるタイヤは次の期から幅が三インチ小さくなること等が説明され、字幕で輸入元がイギリスである旨表示された。
3 右1、2認定の事実に基づき検討する。
(一) 被告商品は、原告商品に比べ、タイヤの幅が約一八・七センチメートルも大きい。
(二) また、被告商品や原告商品は、テーブルとしての使い易さ、機能性よりは実際のカーレースで使用済みのタイヤを使用しているという面白さに価値を見出して購入されるものであるから、これらの商品の需要者は、カーレースマニアなどカーレースに特に関心のある者に限られると考えられる。したがつて、これらの需要者は、当然カーレースの種類について詳しい知識を有しており、タイヤがいかなるレースにおいて使用されたものであるかは重大な関心事であるはすであるから、世界のフォーミュラー・カーレースの最高峰とされる日本国内でも知名度の高いF1レースと、日本国内でも格の低いカーレースに過ぎないF3レースを混同することは考えられず、価格も、このカーレースとしての格の違いを反映して、F1レースで使用済みのタイヤを使用した被告商品の価格はF3レースで使用済みのタイヤを使用した原告商品の五倍以上であるから、両商品を混同することは想定し難い。特に、被告商品は原告商品に比べタイヤの幅が大きく、また、タイヤの上面には「GOODYEAR」と書かれているが、F1レースで使用されるタイヤは、イギリスのグッドイヤー社の製造にかかるもののみであり、レースの特質上幅が大きいものであるとの認識は、カーレースマニアの間では浸透していると推認される(前記2(四)参照)ことを考慮すると、なおさらである。
(三) (一)にみた被告商品と原告商品の形態上の差異、(二)にみた被告商品や原告商品の需要者の特質に加え、被告は、被告商品を通信販売するに際し、2(六)認定のとおり、被告商品はF1レースで使用されたタイヤを使用していること等を強調していること、さらに、日本ではフジテレビが独占放送権に基づきF1レースを独占的に中継しており、商品化権や商標権も取得し、被告を含む関連会社において活発な宣伝広告活動を行つていることから、カーレースマニア等の間では、F1関連商品については、フジテレビないしその関連会社を出所として販売されているとの認識が広まつているものと推認されることに照らし、被告商品と原告商品との間に混同を生じたものとは認められない。
原告は、消費者としても、実際のカーレースでの使用済みタイヤを使用していることが売り文句になつている以上、使用タイヤがF3レースで使用済みのものであるかF1レースで使用済みのものであるかによつて、売手が異なるなどという認識はなく、タイヤ・テーブルの種類としてしか認識していないはずであるから、F1レースの周知性は本件における混同の問題と無関係であると主張するが、F1レースとF3レースのカーレースとしての格の違いにより、被告商品や原告商品の需要者であるカーレースマニア等にとつて、F3レースで使用済みのタイヤを使用している原告商品とF1レースで使用済みのタイヤを使用している被告商品とでは決定的な差があるというべきであり、また、原告商品の形態は(商品表示性、周知性が認められるとすれば)原告の扱う商品であることを示すものとして商品表示性、周知性を取得したものであるのに対し、被告商品はフジテレビないしその関連会社を出所として販売されているものと認識されていたから、被告商品の売手が原告商品の売手と同じであるとの混同を生じたものとは考えられない。
第五 結論
以上によれば、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 水野 武 裁判官 田中俊次 裁判官 本吉弘行)